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機関誌
「映画撮影」

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昭和5年。
三村明(ハリー三村)氏がハリウッドより帰国、アメリカ映画撮影監督協会(A.S.C)の組織と運動についての報告がきっかけとなり、日本に於ける撮影者集団の組織化に向けて玉井正夫氏、碧川道夫氏、伊佐山三郎氏、杉山公平氏、円谷英二氏らが運動を展開する。
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昭和7年。
京都在住のキャメラマンによる日本キャメラマン協会が結成される。
(会長:杉山公平、会員数47名)
 
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昭和11年。
東京在住のキャメラマンが合流し、東西撮影者の一本化が現実。
(会長:桑原昴)
 
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昭和14年。
日本映画作家協会、日本映画監督協会、日本キャメラマン協会、日本映画美術協会、日本映画俳優協会を統合し、日本映画人連盟が結成される。映画法施行規制 が内務、文部、厚生の三省令第一号として発令され、これにより、映画法による監督、キャメラマン、俳優の技能審査、登録証明書発行規定が施行される。
 
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昭和16年。
映画法施行に伴い、劇場用、文化短編、ニュース担当のキャメラマンを含めた組織の拡大をはかり、日本映画撮影者クラブ(N.S.C)と改称する。
(会長:碧川道夫)
 
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昭和18年。
第二次大戦下の戦況が厳しさを増す中で、軍部の圧力が次第に強くなり、これらの組織に解散命令が出される。
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昭和20年。
日本映画技術協会(現在の日本映画テレビ技術協会)設立。これまでの撮影者集団は、同協会の撮影委員会として参加する。
 
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昭和29年。
映画界の活性化と共にカラー映画の製作やワイドスクリーン の登場などの映画技術の変革が見られる中で、撮影者の独立した組織の必要性が望まれ、当時の松竹、東宝、大映、日活、東映、新東宝の各撮影所所属の劇場用 映画のキャメラマン75名により、日本映画撮影者倶楽部(N.C.C)を設立した。
(幹事長:長井信一)


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昭和31年。
名撮影監督であった故三浦光雄氏(1902-1956)の優れた功績を記念すると共に、同氏が新人育成に注がれた情熱を継承して、優れた撮影技術を示した劇場用映画の新人撮影監督を顕彰するために「三浦賞」が設けられた。


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昭和35年。
撮影者は撮影、現像、映写に至る映像技術体系の統括責任者であるという三浦光雄氏らの認識を受け継ぎ、名称を日本映画撮影監督協会(J.S.C)と改め、日本型の撮影監督制の実現を目指して運動を展開する。
(理事長:三村明)


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昭和37年。
機関誌「映画撮影」創刊。フィルム撮影技術は勿論VTR等、映像関連分野の最新技術と情報を掲載。現在は年4回、季刊にて発行。

創刊のことば 三村明

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昭和44年。
組織の拡充を図るため、従来の劇映画のみでなく、テレビ映画、短編、記録、PR、CMなどの撮影者にも参加を呼びかけ、組織を協同組合化。

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平成4年。
非劇映画の分野で優れた業績をあげた撮影者を顕彰する「J.S.C賞」を制定、技術の向上、人材の育成に努めている。


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平成11年。
定款を改訂し、撮影監督を目指す若い人たちが加入できるよう「青年部」を設け、人材育成に積極的に取り組む体制を確立した。

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平成12年。
日本映画撮影監督協会オフィシャルホームページ開設。
 
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平成16年
撮影助手の育成を目的に「撮影助手育成塾」 開塾
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平成30年
「撮影助手育成塾」 15期をもち閉塾





令和元年5月現在
 正会員 249名
 青年部 99名
 名誉会員 3名
 特別会員 1名
 賛助会員 43名
 維持会員 33社
 理事長(代表理事) 浜田 毅
 副理事長 芦澤 明子
 副理事長 藤石 修
 副理事長 山内 嘉信
 専務理事 田中 一成
 事務局長 稲垣 涌三


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初代幹事長 (1954.12〜1969.12) 長井 信一
歴代理事長 (1961.1〜1978.3) 三村 明

(1978.4〜1981.3) 楠田 浩之

(1981.4〜2002.4) 高村 倉太郎

(2002.5〜2019.5) 兼松 熈太郎

(2019.5〜現在) 浜田 毅


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